アパートやマンションといった賃貸住宅の契約が終了して退去する際に、その部屋を借りた時の状態に戻してから明け渡すことを「原状回復」と言います。同様に、オフィスや事務所を退去する場合にも原状回復が必要となるのが一般的です。ところが、オフィスの原状回復は一般住宅とは規模が異なるため、想定外のトラブルに発展するケースも少なくありません。移転などの予定がある場合には、あらかじめオフィスの原状回復についての正しい知識を身につけておくことが大切でしょう。

今回は、オフィスや事務所の原状回復について、その範囲や費用の目安、工事の流れ、ポイント・注意点など詳しく解説していきます。


<目次>

■オフィスの原状回復とは

アパートやマンションといった賃貸住宅に住んだことがある方なら、「原状回復」という言葉を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。「原状回復」というのは、借主がその物件を退去する際に、「借りた時の状態に全て戻して明け渡す」ことです。

そして、その際に発生する費用は、原則として借主が負担することが民法によって定められています。これは一般住宅だけでなく、オフィスや事務所を退去する場合も同じで、移転などで新しいオフィスに移る場合には、それまでいたオフィスの原状回復工事を責任もって行わなければなりません。

では、具体的にオフィスの原状回復ではどのような工事が行われるのでしょうか。細かい内容については物件や賃貸契約によっても異なりますが、ひとつの目安となるのが「入居時に設置したものは撤去し、使ったものは新調する」ということです。

例えば入居の際にフロアを区切るために間仕切りを設置した場合にはドアやガラスなども含めて全て撤去し、オフィス内にキッチンを設置した場合にはキッチンから給排水管まで全て撤去して元に戻す必要があります。また、オフィス内の壁紙や床なども基本的には全てを新しく張り替え、窓に設置されていたブラインドなども撤去もしくは新しいものに付け替えなければいけないのです。

●居住用賃貸の原状回復との違い

オフィスの原状回復に含まれる範囲は、住居用賃貸で求められる範囲とは異なるのが一般的です。オフィスと居住用賃貸、それぞれに求められる原状回復の範囲を確認しておきましょう。


オフィスを退去する場合は、入居時の状態に戻すのが原状回復の基本とされています。使用していた備品などは撤去し、入居後に付着した汚れを落とさなくてはならないケースが多いです。具体的には、室内の壁や天井、床などの汚れをクリーニングすることや、壁紙の張り替えなどが挙げられるでしょう。家具や看板、増設した設備などがあれば撤去することも必要となるはずです。


住居用賃貸の場合は、通常の使用以外で生じた損傷が原状回復の範囲とされているのが一般的です。

■原状回復工事の工事内容について

オフィスの原状回復工事の具体的な内容について、解体から廃棄物の処理までの基本的な流れに沿ってご紹介します。


・解体
解体工事の対象になるのは、主に軽量鉄骨を使う間仕切り「LGS(ライトゲージスタッド)」や壁など、借主が入居時に設置した造作物が対象となるのが一般的です。造作物を解体し撤去する際には大きな工事音が発生するため、管理会社から工事を行う日時や時間を制限される場合もあるようです。


・塗装
一般的に、塗装を施すのは天井や壁の他、建具や窓の枠周りなどを指すことが多いです。ただし、枠周りの汚れがなければ原状回復工事が不要になることもあるようです。塗装工事では塗料の臭いでトラブルになる可能性もあるため、工事の時間や臭いの少ない塗料を使うなどの配慮も求められるでしょう。


・天井設備関連
天井設備関連の原状回復工事には、照明の管球交換や入居時に移動した空調機器や防災設備を元の位置に戻す工事も含まれる場合が大半です。ただし、入居後に消防法が改正されていた場合は防災設備を元に戻せないため、工事前に消防署に確認するようにしましょう。


・クロスやタイルカーペット
入居後に汚れた壁紙などのクロスやカーペットは、張り替え工事によって原状回復するよう求められることが多いです。


・クリーニング関連
窓やサッシ、ブラインド、照明器具などの汚れはクリーニングして原状回復しましょう。トイレや給湯室などの汚れも、クリーニング工事で入居時の状態にすることが求められるはずです。


・電気関連
電気関連の工事で電話線やLAN線、照明器具などの撤去をする際には、事前に工事区分について確認をしておきましょう。OAフロアを導入している場合も、電気関連工事を実施して撤去が必要となるのが一般的です。


・什器や備品
オフィスで使用していたデスクや椅子、キャビネットなどの什器、パソコンやコピー機などの備品は、撤去して原状回復しましょう。撤去する什器や備品は廃棄する他、新たな移転先で使用するか売却するなど、ケースによって複数の処分方法が考えられます。


・産業廃棄物処理
軽量鉄骨が含まれるLGSやタイルカーペット、ガラス、瓦礫などを撤去する際に生じたものは、一般的に産業廃棄物と呼ばれます。原状回復工事で発生した産業廃棄物は、工事を依頼した事業者が適切に処理しなければならないとされています。産業廃棄物処理後に発行されるマニフェストにより、適切に処理したことが確認できるでしょう。


※参考:環境省 .「不法投棄防止及び原状回復に関する懇談会 報告書」 .
https://www.env.go.jp/content/900535880.pdf
,(2023-1029) .

■原状回復義務の範囲について

一般住宅では「通常の使用を超える損傷」について原状回復の義務が生じるのに対し、オフィスでは原則として全てが借主側の義務となります。例えば、一般住宅の場合は、畳の色あせや壁紙の日焼けなどのように、普通に暮らしていても起こりうる損耗や、経年による劣化などについては借主側の負担とはなりません。ところが、オフィスの場合はこうした経年劣化や通常の使用による損耗も、 借主負担となるケースが一般的 です。

■オフィスの原状回復工事にかかる費用の目安

オフィスの原状回復工事にかかる費用は、オフィスの広さや内装の程度、またビルのグレードなどによっても異なるため一概には言えませんが、目安としては小規模オフィスで坪単価3〜7万円程度、タワービルのような大規模オフィスで坪単価4〜12万円程度、さらにグレードの高いビルになると坪単価20万円程度かかるでしょう。ただ、こちらは目安であり、凝った内装の場合はさらに高額になることもあります。

また、原状回復工事は通常、そのビルのオーナーや管理会社が指定する業者に依頼をすることになりますが、管理会社が大手の場合には工事業者も大手になるケースが多く、規模の小さな管理会社と比べて原状回復にかかる費用が割高になるのが一般的です。このように、原状回復はオフィスの移転コストのなかでも大きなウエイトを占めるものになることを念頭に置き、オフィス移転の予算立てをしていきましょう。

■オフィスでの原状回復の流れ・スケジュール

オフィスの退去が決まったら、通常は6ヵ月前までに「解約予告」を行い、解約日までに移転と原状回復を完了させなくてはいけません。ここではオフィスの原状回復の流れやスケジュールについて解説していきます。

●1.オフィスの原状回復義務の範囲を確認

賃貸契約書に記されている、オフィスの原状回復義務の範囲や工事内容の規定を確認しましょう。どこまで原状回復が必要なのか判断に迷う場合は、オーナーや管理会社に問い合わせます。最初の段階で原状回復義務の範囲を明確にしておくことは、トラブルを防ぐためにも大切です。

●2.施工業者に原状回復工事の見積もりを依頼

オフィスの原状回復工事は、通常、オーナーや管理会社が指定する施工業者に依頼します。賃貸借契約書に施工業者が明記されていれば、その業者に現地調査や見積もりについて問い合わせましょう。特に指定がなければ、オーナーや管理会社と協議、あるいは、借主側で選んだ施工業者に依頼します。

●3.原状回復工事の期間を明確にする

現地調査と見積もりが終わり、工事の内容と費用について合意ができたら、施工業者が作成した計画書をもとに工期も確認しましょう。オフィスの原状回復工事は、開始日までに引っ越し作業を終えて、解約日までに完了しなくてはいけません。オフィスの規模や回復すべき内容によって異なりますが、施工業者としっかり打ち合わせを行い、スケジュールを明確にしておきましょう。

●4.着工後のトラブルを防ぐ

オフィスの原状回復工事が着工したら、契約した内容どおりに工事が行われているか、定期的に施工業者に確認することが大切です。施主の立ち会い・確認の際に、想定外の問題が見つかったり、追加工事が必要になったりすることもありますので、解約日までのスケジュールも余裕をもって立てましょう。

●5.原状回復工事の施工完了・引き渡し

原状回復工事が完了し、引き渡しが行われる前に、最終チェックをしておきましょう。オーナーや管理会社に立ち会ってもらい、一緒に確認することでリスクを減らせます。確認が終われば引き渡しとなります。

■オフィスの原状回復を行う際の8つ注意点

●1.オフィス移転の時期に気をつける

オフィスの原状回復をスムーズに行うためには、タイミングも重要です。オフィスの移転が多い時期は、施工業者への原状回復工事の依頼が重なり、予定を押さえられなくなります。特に、年末の12月や年度末の3月は込み合うので、この時期を避けるか、早めに移転の準備を進めましょう。

オフィスを移転する際には、事前に押さえておきたいポイントがあります。オフィス移転を経営戦略として捉え、そのタイミングやタスク管理について知っておくとよいでしょう。以下の記事では、移転に伴う粗大ごみの処分方法などもご紹介していますので、ぜひ参考にしてください。


「オフィス移転の理由とは? 失敗しないために押さえておきたいポイントを解説」
https://h1o-web.com/cms/html/column/189.html



「オフィス移転で大量の不用品が! 会社の粗大ごみの処分方法」
https://h1o-web.com/cms/html/column/33.html



「オフィス移転は経営戦略。狙い時とタスクを管理し効率良く」
https://h1o-web.com/cms/html/column/50.html

●2.見積もりが適正か確認する

オフィスの原状回復工事では、電気工事や設備工事なども行われるため、そのビルの管理会社が指定する施工業者に依頼するのが一般的です。合い見積もりがとれないため、費用が高額になることがあり、専門的な工事内容も知識がない人にはわかりにくいものです。原状回復義務の範囲外の工事など不要なものが含まれて、費用がかさんでしまっているケースも実際にあります。

こうしたトラブルを防ぐためにも、原状回復工事の相場よりも値段が高い場合や、よくわからない工事に対する費用が請求されている場合には、不動産や建築、法律などの専門家に相談をするのが賢明でしょう。

●3.原状回復工事の遅延を避ける

オフィスの原状回復工事は3週間以上かかるのが一般的で、オフィスの規模や入居時の内装工事などによっては1ヶ月以上かかる場合もあります。契約期間内に原状回復工事を完了できず、明け渡しが遅れた場合は追加の賃料、または遅延損害金が発生しますので、工事期間がわかれば逆算して、余裕をもったスケジュールを立てることが大切です。

●4.原状回復工事が可能な曜日や時間を調べておく

オフィスの場所や周囲の環境によっては、工事できる時間帯や曜日などが限られる場合があります。あらかじめ管理会社に確認しておくことをおすすめします。

オフィスや事務所の移転の際には、原状回復工事が必要です。移転が決まった場合には、上記の内容を参考にしてできるだけ早い段階から計画的に準備を進めていきましょう。

●5.原状回復の範囲は契約内容に従って行う

オフィスなど賃貸物件の借主には、多くの場合退去する際の原状回復義務があります。借主の原状回復義務の範囲は、入居時に貸主と交わした賃貸契約書に記載されているのが一般的です。原状回復工事が必要な範囲を正しく把握するために、改めて賃貸契約書を読んで確認しておきましょう。


原状回復の範囲には経年劣化と通常消耗、特別消耗があり、オフィスの原状回復義務があるのは特別消耗の範囲とされています。通常の使用で起こるのが経年劣化や通常消耗で、借主の過失で生じたカビやシミなどの汚れは特別消耗にあたるでしょう。ただし、オフィスの原状回復義務の範囲は賃貸契約書によっても異なるため、賃貸契約書をチェックしても分からない点があれば、貸主または管理会社に問い合わせてみるのがおすすめです。

●6.保証金を活用して費用を抑える

退去時にオフィスの原状回復にかかる費用は、入居時に支払った保証金を充てられる可能性もあるので、確認しておくことをおすすめします。オフィス入居時に貸主や管理会社に納めた保証金は、退去時に返還されるのが一般的です。保証金を原状回復費用に使えば、借主が工事費用を全額負担しなくて済むでしょう。


保証金の扱いについて互いの手間を省くために、貸主が保証金から原状回復費用を差し引いた額を借主に返還する場合も多くあります。また原状回復費用と保証金を相殺とするケースや、不足分の費用を貸主が借主に請求するケースなどもあるでしょう。退去する際には、事前に保証金についての契約がどのような内容なのかを改めて確認しておくと安心です。

●7.不安な場合は専門家に相談する

オフィスを退去するにあたり、原状回復で少しでも分からないことがあれば、そのままにせず専門家に相談することをおすすめします。賃貸物件の原状回復のトラブルが発展し、裁判になるケースも考えられるためです。オフィスの原状回復義務は、物件の規模や使い方により、求められる範囲や工事内容が変わるのが一般的です。


経験が少なく不安を抱えながら原状回復を進めていくと、思わぬトラブルに発展する可能性もあります。契約書に記載されている内容を確認しても分かりにくいと感じることもあるでしょう。無料相談ができる法律事務所もあるので、疑問点は専門家に相談するのがおすすめです。オフィスの原状回復に関する経験や知識の豊富な専門家に相談すれば、無用なトラブルを回避することにつながると考えられます。

●8.最新の法律を確認しておく

近年ではオフィスの原状回復関連の法律が改正された経緯もあるため、思わぬトラブルを避けるには、最新の法律を確認しておくことも大切なポイントとなるでしょう。オフィスに入居してから退去するまでの間に、原状回復に関する法律が変わっている可能性もあります。基本的には入居時点での最新の法律による契約内容となるはずなので、確認しておきましょう。


オフィスの原状回復に関連する民法は、2020年4月に改正されたそうです。改正後は、賃貸借契約書や特約の内容が以前よりも重要視されるようになっているので、これから入居や契約更新をする方は、原状回復義務が曖昧な表現ではなく明確で細かな契約内容が記載されているかを確認しておきましょう。


※参考:法務省 .「賃貸借契約に関するルールの見直し」 .
https://www.moj.go.jp/content/001399957.pdf
,(2023-10-29) .

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