アフター・コロナの世界で、オフィス空間はどうあるべきか。野村不動産が、そのソリューションとして提案するのが、入居企業の戦略や成長に応じたワークプレイスの戦略的ポートフォリオのさらなる強化だ。

同社では、小規模スタートアップにも対応する「H¹O(エイチワンオー)」、大規模ビルと同等のクオリティを持つ中規模オフィスビル「PMO(ピーエムオー)」「PMO EX(ピーエムオー イーエックス)」、そしてサテライトシェアオフィス「H¹T(エイチワンティー)」を都内・大阪を中心に展開。今回はそのなかから、多様な働き方の受け皿となるフレキシブルオフィスとして注目を浴びるH¹Oにスポットを当て、大企業の社内ベンチャーによるユニークな活用法を紹介。イノベーションを生み出す磁場としてのオフィスの理想形を考察する。

鍵を握るのは、同社のオフィス事業の思想であり、H¹Oの名前の由来ともなった「ヒューマンファースト(Human First)」の具現化であろう。

都市建築のなかに多彩な緑が息づく「H¹O渋谷神南」を舞台に、キリンホールディングスのイントレプレナー、飛田浩之と山中啓司、野村不動産 ビルディング事業一部 諸田亮が顔を合わせ、新規事業とH¹Oの関係性について語り合った。


<目次>

キリンホールディングスのイントレプレナーが確かな手応えを掴んだ、「H¹O(エイチワンオー)」のワークプレイス戦略

サプリメント事業で世界の健康課題に挑む

──キリンホールディングス(以下、キリン)がビールや飲料等の「食領域」、医薬品の「医領域」に続く第3の柱として注力しているのが「ヘルスサイエンス領域」です。飛田さん、山中さんはその新規事業として、トレーニングユーザーに向けたサプリメント事業「GOLD EXPERIENCE(ゴールドエクスペリエンス)」を立ち上げられました。重要な位置付けにある同プロジェクトはどのような経緯でスタートしたのですか。

飛田浩之(以下、飛田)
:キリン社内で、「キリンビジネスチャレンジ」と呼ばれる新規事業支援制度が2017年に創設され、翌18年にそこに応募したのが直接のきっかけです。

もともと私は、協和発酵バイオというキリンのグループ企業の出身で、アミノ酸やビタミン等の栄養素をつくる研究をしていました。しかし、商品化までに非常に時間がかりますし、素材に関する学術情報を俯瞰して分析整理しても、一般の人にはなかなか伝わらない。その一方で、世の中にはいろんな商品や情報が氾濫しており、素材本来の価値を正しく伝えたうえで、サプリを提供するサービスの必要性を強く感じていました。

サービスの対象分野としては、介護、美容、トレーニング等が考えられましたが、社内リサーチでトレーニー歴20年の山中の名前が挙がり、さっそくヒアリングしたところ意気投合し、いまに至る、という流れです。

飛田浩之 キリンホールディングス 経営企画部 健康事業推進室 GOLD EXPERIENCE 事業責任者

山中啓司(以下、山中):話を聞いて、まさに私が日々のトレーニングで必要性を感じていた内容だったので、「いける!」と直感しました。役割分担としても、彼がサイエンス・アカデミック系、私がテクノロジー系ということでうまく分担できると思いましたね。

──ゴールドエクスペリエンス事業の第一弾「オーダーメードサプリサーバーサービス」はどんな商品ですか。

飛田
:まずこのサービスのターゲットですが、トレーニングに真剣に取り組まれていて、アミノ酸やプロテイン等の栄養素にも興味がある方々を対象としています。具体的には、トレーニングジム大手の「ゴールドジム」と提携し、渋谷近辺の3店舗に自動販売機ほどのサイズのサプリサーバーを設置していただきました。利用者は、スマホの専用アプリで自身の情報や趣向を入力することで、最適に調合されたサプリを摂取してトレーニングに臨むことができます。

山中:
トレーニーのなかには、使用するマシンの調整度合いや、摂取するサプリの調合度合いによって、トレーニングの効果がどう変わるのかを「自分の体で試してみたい」という人も少なくないんですね。ゴールドジムは世界を代表するトレーニングジムですから、そういう玄人志向の利用者が集まっている。グラム単位の調合機能も重宝されています。

もちろん、初心者に向けても、学術論文をベースとしたレコメンド機能によって、その人に合わせたサプリ提供が可能です。ちなみに、サプリのラインアップには、キリンの独自素材であるプラズマ乳酸菌※も含まれています。
※キリン、小岩井乳業、協和発酵バイオが共同で研究を進めている乳酸菌。免疫細胞の一種「プラズマサイトイド樹状細胞」から名づけられた。国内外の大学・研究機関の協力のもと、これまで多数の論文・学会発表を行っている。

山中啓司 キリンホールディングス 経営企画部 健康事業推進室 GOLD EXPERIENCE サービス開発責任者

諸田亮(以下、諸田):なるほど。キリン様だからこそできるアプローチですね。実は、私の周りにもゴールドジムに通う友人がいるんですよ。「筋トレするならゴールドジムだ」と目を輝かせながら誘ってくるのですが、正直、ハードルは高い(笑)。ただ、コロナをきっかけに人々の健康やトレーニングに対する意識が高まったのは確かです。オフィスを提供する側として、事業成長をしっかりサポートしていかなければなりませんね。

「H¹O」で実現した“スピード重視の働き方”

──ゴールドエクスペリエンス事業が、本社を離れ、「H¹O渋谷神南」にオフィスを置いた理由は何だったのでしょうか。

山中
:事業化に向けた最終フェーズにおいて、ゴールドジムの対象店舗で最終点検をする必要があり、何かあったときにすぐに駆けつけられる場所にオフィスを置きたかった、というのがいちばんの理由です。中野の本社ビルからだと電車で移動する必要がありますが、ここからなら3店舗すべてが徒歩圏内。スピーディーな対応が可能です。

あとは、サプリやサプリサーバーの備品を保管しておくバックヤードも必要でした。他のシェアオフィスやコワーキングオフィスも見学しましたが、室内で実験・分析をすることを考えるとガラス張りのオープンな空間は機密性に欠け、セキュリティ面も心配でした。

──入居されたのが昨年の7月。まずは小さな区画を借り、その3カ月後にスペースを拡張されていますね。

飛田
:はい。新規事業はフェーズごとに「期間と予算と目標」が決められており、当初、私たちにオーソライズされていたのは3カ月分の資金のみでした。それで入居に際しては、次のフェーズで更新する可能性があることを含めてご相談させてもらいました。突然電話したにもかかわらず、親身に対応してくださったのはありがかったですね。

諸田
:大企業の新規事業は予算管理がきっちりしていますので、オフィスを提供する側としてもそれを前提としたうえでの柔軟な対応が必要です。キリン様のニーズが「一旦短期」かつ「総支払額」が確定していたこと、また、将来的に拡張または継続の可能性があることを踏まえ、賃料や契約期間等をフレキシブルにご提案しニーズに応えられたと考えています。

また、お二人のワークスタイルを鑑みたとき、ラウンジやサロンを活用したABWの実践、有人レセプションによる来客対応や不在時の荷物受け取り、そして顔認証のセキュリティシステム等も事業成長をバックアップする要素になり得ると思いました。

プロジェクトニーズでの利用に際しては、試行期間等の理由で利用期間が短い事例が少なくないので、H¹Oにおいては最短利用期間を3カ月として商品設計を組んでいます。まずは3カ月間、H¹Oを活用いただければ、よさを実感できるはずですから。

飛田
:まさにそのご提案が功を奏しました。使い勝手と機能性が素晴らしく、気づいたら、オフィス拡張へ向けて構想を膨らませていました。「専有個室にサーバーを置いたらどうだろう」「ラボ機能を追加したらもっと可能性が広がるよね」と。それで、次のフェーズの計画書に予算を織り込んで社内の審議を通し、3カ月後にビル内の広い部屋へ引っ越しました。

諸田
:H¹Oは建物の構造上、個室の壁を取り払いスペースを拡張することも可能なのですが、キリン様の場合はタイミングよく隣の個室が空いていました。スピーディーかつスムーズに移動ができたという点で、理想形だったと思います。

諸田 亮 野村不動産 ビルディング事業一部 事業企画課長

効率的かつフレキシブルな「動線」が機動力を上げる!

──現在、「H¹O渋谷神南」の専有個室と共用部をどのように活用していますか。

山中
:まず、個室は以前の2倍強の広さ(約25平米)があり、正方形でとても使いやすいんです。入居時は“がらんどう”なので、自分たちで自由にカスタマイズして使っています。

中央にふたりのデスクを置き、一角をバックヤードに、入り口側にサプリサーバーを配置しました。それにより、開発品のサンプルを解析したり、溶け具合や味を確認したり、サーバーの前で開発チームが集まってディスカッションしたり。さらには、建物が綺麗なので展示会も開けるようになりました。ここはオフィスであり、ラボであり、バックヤードであり、ショールームでもある。機能を集約することで開発スピードは格段に上がりました。

諸田
:自由自在な使い方で、可能性がどんどん広がっていますね。H¹O渋谷神南には専有個室のほかに、1階のヒューマンファーストサロンと2階・8階の共用ラウンジ、屋上テラス、会議室と多彩な「働く場所」がありますから、それらを使っていただくことでよりダイナミックなオフィス戦略を描いていただけるかと思います。

飛田
:はい、気分転換からミーティングまで、さまざまな用途で使っています。さりげなく水の音が聞こえてくるサロンは森の中のカフェのように居心地がいいですし、都市を一望できる屋上テラスもまた違った意味でリラックスできますね。H¹Oの空間を使って感じるのは、そうしたリラックスした心理状態から生まれる新しいアイデアの重要性です。開発チームとの雑談も盛り上がり、発想も豊かになる。こういった「場所」はなかなかないんじゃないかなと感じています。

山中
:私も同感です。新しいことを考えたり始めるときは、非日常の場所にいる、というのがひとつのアプローチの方法かなと思っているのですが、その選択肢がたくさんある、というのもH¹Oの素晴らしいところです。

諸田
:当社のオフィス事業の思想は、「人」を起点にパフォーマンスを向上させる環境を創出するという「ヒューマンファースト(Human First)」なのですが、私たちの想いをおふたりが体現されていることは、素直に嬉しいですね。ちなみに、企業や有識者の協力を得て設立した「ヒューマンファースト研究所」の調査では、働く場所を多くもっている人ほどパフォーマンスが高いという結果が出ているんですよ。

飛田
:なるほど、働きやすさの背景には緻密な設計があったのですね。最も安心した状態でモチベーションを高め、パフォーマンスを高く発揮できる環境を整えられている。そういうところがヒューマンファーストにつながっているんじゃないかと思います。細かいところでいうと、会議室の大きなホワイトボードの壁や、ハンドソープの香り等にも、すごく満足感を感じています。ここに来ると、不思議と気持ちが上がるんです。

山中
:僕の場合は、「家に帰ってきた〜」という安心感もありますね。一方で、ふと気がつくと何かが変わっている。あ、こんなこと始めたんだ、みたいな。そんな刺激も心地よさの要素のひとつです。僕らのような社内ベンチャーやスタートアップの人たちは「コロコロ変わるほうが心地いい」と感じる人のほうが多い気がしますね。

諸田
:確かにそれはありますね。私たちは週1回、定例会を開いて入居企業様のニーズを共有しており、特にサービス面は細かくアップデートをしています。商品設計、販売、管理、それぞれがばらばらに対応するのではなく、一貫体制で事業に臨んでいますので、さまざまなお客様のニーズにフレキシブルに応えられる点が当社の大きな特長だと自負しています。

イノベーションを起こす磁場としてのオフィス

──アフター・コロナの時代、オフィスはどうあるべきか。オフィスが果たす役割について、野村不動産の考えをお聞かせください。

諸田
:変化の激しい時代において、企業にはより一層のレジリエンスとイノベーションをつくり出す能力が求められているのではないかと考えています。

オフィス市場に目を向けると、コロナを契機にテレワークが急速に普及したことで、一時期は新聞等でオフィス不要論も浮上しました。しかしながら、オフィスの解約傾向は徐々に鈍化しており、企業それぞれが「オフィスのあり方」を再考し、イノベーションを生み出す環境を整備していく方向に舵を切り始めています。つまり、オフィスにとって「コミュニケーションの場」が新たなニーズになってきているんですね。

オフィス事業者の役割は、「コニュニケーションの場」をハード・ソフトの両面から絶えず魅力あるものに整えていくことであり、今後は入居企業様同士の交流の場をいかにつくるかも重要なテーマになると思います。H¹Oだけでなく中規模オフィスのPMOや、大規模の再開発オフィス等も含めて全体でビジネスの共創ができるプラットフォームづくりも検討していきます。ヒューマンファースト研究所では、ウェルビーイングな働き方の研究も進めていますので、今後の進展にぜひご注目いただければと思います。

飛田
:共に歩み寄りながら「一緒に変化していく」というのは、嬉しさを感じますし、やっぱり、気分が上がりますね。

──ゴールドエクスペリエンス事業の今後の展望をお聞かせください。

山中
:まずはゴールドジムさんの他の店舗にサービスを広げていき、いずれは他のスポーツジムへの展開も可能性としてはあると考えています。また、プロダクトとして、サプリメントのカスタマイズサーバー以外の商品設計・開発も検討しています。サービス展開は日本全国、野望的には海外へ、という気概でいます。

飛田
:事業拡大にともないオフィス拡張も必要になります。いまはここでの働き方が快適なので、例えば大阪にもH¹Oの拠点をもって徐々に広げていきたいと考えています。

諸田
:オフィスが飛躍の場となるよう、これからもチーム一丸となってお手伝いをさせていただきます。本日はありがとうございました。


- 後記 -


キリンの新規事業が実践する働き方には今後の理想の働き方のヒントがたくさん詰まっていたのではないだろうか。イノベーションを生み出す磁場には「変化する」ことを楽しむ「人」の気持ちが息づいていた。そのことはコラボレートする関連企業にとってもまたよい影響を及ぼす。また訪れたい。その意識を喚起させるのもH¹Oの存在価値である。

もろた・りょう◎2008年野村不動産入社。上場REITのファンドマネジメント業務に従事した後、ビル運営業務に従事し保有資産の価値向上に向けた各種施策の提言を実施。その後、中規模ハイグレードオフィス「PMO(ピーエムオー)」及びクオリティスモールオフィス「H¹O(エイチワンオー)」の運営マネジャーとしてテナント従業員が働きやすいオフィス空間の提供を意識した物件運営を実行。

ひだ・ひろゆき
◎2006年協和発酵バイオ入社。アミノ酸発酵生産研究、ライフサイエンス・臨床医学領域の科学技術の俯瞰調査、学術研究企画、商品開発に従事。キリン経営企画部、キリン事業創造部で新規事業開発を経験後、キリングループ社内の起業プログラムに応募し本事業を起案。『最高の栄養体験で活力・魅力ある人生を』をビジョンに掲げ事業を推進する。

やまなか・けいじ
◎2006年NTTデータ入社。通信業・製造業のシステム開発のプロジェクトマネジメントに従事。その後、キリン デジタルマーケティング部にて、デジタルマーケティングの活用推進や新規事業開発におけるデジタル支援を経験。本事業のプロトタイプ開発時のデジタル活用支援をきっかけに本事業に参画。さまざまなテクノロジーを組み合わせた革新的なお客様体験をつくり出すべく、本事業のサービス開発を担う。

その他の入居者の声

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